ネットワークと著作権に関するコメント

*ネットワークと著作権に関するコメント *

白田 秀彰

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日本法には存在しない概念ですが、英米法には、waiver (権利放棄) と estoppel (禁反言) という概念があります。いずれも広義には信義則としてまとめられるかと思われる概念です。

(以降については十分に調べたつもりですが嘘を書いている可能性があるので、英米法を専門にされている方の検証をお願いしたいとおもいます)

前者は明示的に自らの権利を放棄すると宣した場合にもはや権利を主張することができなくなることで、明示的に行われる場合、たとえば著作権に関しては「この記事について著作財産権を放棄する」と付記した場合には、もはやその権利を主張することができないとする法理です。waiver には、明示のものと黙示のものがあります。黙示の waiver の例としては、二つの相矛盾する権利を主張する場合、一方の主張は、そのままもう一つの権利を放棄したものとして黙示の waiver とされます。たとえば、他人の記事を引用した自分の記事を、引用されることを禁止するということは waiver の法理からは認められません。

また、後者については、ある人の言動や外見を信頼して行為した行為者の信頼を保護する法理で、たとえば、私が私のホームページを多数のひとに自由に複写させているのに、ある特定の人物が私のホームページを複写したことをもってその人のみを訴えることは estoppel によって妨げられます。

さて、ここまで書けば何が言いたいのかわかると思いますが、英米法というよりは、コモン・ロー体系を採用している国では、実質的に複写を繰り返しながら配信されている Netnews や、その機能が複製を基本として成り立っている WWW に、コピーライト表示「(c) マーク / 禁複製 禁無断転載」やパスワードや暗号による管理などの「内容に関する保護の意思表明」をしないで著作物を公開した場合、おそらく、大抵の場合 waiver か estoppel がはたらいて、複製を理由として他人を訴えることは困難だと判断できます。だから、あれほどの権利社会、訴訟社会であるアメリカで Netnews や WWW が発生し発展することができたのです。ぶっちゃけていえば、「あんたが誰でも複写できるところに置いていたんだから、いまさら複写するな、なんてことは言えないよ」と主張しうるわけです。

日本では、法律で認められている場合を除いて、複写はそれだけで著作権法上の複製権を侵害することになります。だから、厳密にいえば、記事を公開した本人が「著作財産権を放棄し、著作者人格権を行使しない」と明示的に付記しておかない限り、コンピュータ間のファイルの複写を基本的な仕組みとして採用している Netnews も WWW も法的には存在してはならないのです。これだけ Netnews や WWW が普及した今となっては、黙示の権利放棄がされたという推定はありうると思いますが。著作権の条文を厳守しようとする方は、NetnewsもWWWも使えません。

私達の大切な言論媒体の存在自体が違法とされかねないとは困りましたね。

だから、逆に Netnews や WWW が合法な存在であるという前提に立つならば、そこで公開されている記事について、前記の権利を放棄していると考えなければならないわけです。これについて明示的に法律家や裁判所は何も語っていないはずです。まして立法府に期待することも当面無理でしょう。私達はどういう立場に立つべきでしょうか?立法府が腰を上げるまで待っていたら、日本がネットワークを用いた産業で米国と競争することは不可能になるでしょうね。「悪法も法なり」と毒杯を仰ぐのも立派だとは思いますが、私は嫌です。

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Return 白田 秀彰 (Shirata Hideaki)
法政大学 社会学部 助教授
(Assistant Professor of Hosei Univ. Faculty of Social Sciences)
法政大学 多摩キャンパス 社会学部棟 917号室 (内線 2450)
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